2012年01月16日
増井清博士の実家『満寿一酒造』
満寿一酒造さんは明治41年に現在の静岡市葵区山崎に移転しました。現満寿一酒造の杜氏をされている増井浩二さんから伺いました。
増井博士は明治20年9月14日生まれです。仙台2高へ進学されるまでの間、この小坂で過ごされました。昭和22年の著作『鶏の改良と繁殖』の前書きに書かれた話もこの小坂での話です。
増井博士はヒナのオスメス判別技術であります初生雛鑑別の生みの親として有名でありますが、博士の御専門は動物遺伝学でありまして鶏の育種の方に強く関心をお持ちでした。
満寿一の名前の由来は、増井家と市川家と2件で酒造業を始めた事から「ますいち」と言うようになったと祖父から聞きました。市川さんの方は現在でも小坂で酒屋を経営しております。(田舎の酒屋ですが・・・身内です)
満寿一さんが山崎に移転された理由は、良質の水を求める為と聞いております。この研究熱心な姿勢は、確かに静岡産業史(正式な題名は失念しました)にも先代、先々代のお名前が見えますことでもわかります。この小坂伝統的な御大家の姿勢とも言えます。
満寿一さんの跡地は現在は畑です。私の母親の世代の遊び場でした。私の世代ももちろんこの場所で遊びました。戦争ごっこやチャンバラがもっぱらです。(安定成長期世代です)
また、増井博士の記事とともに紹介してまいります。
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- in 静岡の歴史・偉人と古書探求
