2008年10月04日
梅干し作りにありがたい猛暑
この記事は、祖母が平成7年に静岡新聞の”ティーたいむ”に投稿したものです。
当時、祖父が中心になり山林を開墾し、一町二反の面積に和歌山から取り寄せた”南高”と”古城”の2品種を栽植したのが始まりでした。
斜陽作物となったみかんから梅に活路を見出そうと大変熱がこもっていました。年3回の草刈、肥置き、収穫。私も小さい頃からよく手伝いにいったことを覚えています。
収穫の時期になると梅が熟して落ちてきてしまうので一家総出で収穫にあたります。早い時期の青梅は、梅酒用に市場や農協に出荷していました。家で漬ける梅は、黄色く熟した”完熟梅”まで木において味をのせました。
家で漬け込んだ梅の量は3千キロ。漬け込むときは皆手伝いますが、後の管理は祖母の仕事。毎日樽をのぞきながら漬かり具合を観察していました。
梅干は土用干しするまで気が緩めません。この記事は、梅干作り最後の大仕事について祖母が書いたものです。ご覧下さい。
