梅干と茶の湯

 千利休がなくなった後、その子少庵は地方に追討され、転々とした後、東北の蒲生氏郷を頼り、しばらく滞在しておりましたが、数年後許されて京へ戻りました。

 その時帰京の祝宴が、弟子で僧でもあった祇園の料理茶屋で開かれました。祇園の東丸山の辺りには、長楽寺、安養寺があり、その周囲に子院があって、段々料理茶屋の形になってゆきました。
 (偶然ですが、私の菩提寺も安養寺です。もちろん静岡にありますが。)

 江戸時代、京を旅した滝沢馬琴は、丸山の料理茶屋の主は僧侶で肉食妻帯している。いずれも何阿弥と称し、座敷、庭も綺麗で料理もよろしいと言っています。

 そこで茶の湯の後に、少庵が東北で覚えてきた梅漬けを教え、食した記録があり、以後、祇園辺りの料亭では、梅漬けを必ず出すようになり、名物とまでなりました。

 この梅漬けというのは、東北地方(福島県辺り)で今でも伝えられている天日干しをしないもので、寒い地方の為、保存が効くのでしょうか。


 ◎梅漬け
 水洗いした梅と、アク抜きをした紫蘇に、小量の青梅の割ったもので紫蘇汁をとり、梅に塩をまぶしてよく合わせ、一緒に瓶に入れて一週間くらい漬け込むと、できます。


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